2011年3月21日月曜日

Change Maker in Vietnam Part 3

ベトナムから帰国して4日目。

随分と日本の生活に馴染んでしまった。

ベトナムでの生活と比較すると少し物足りなく感じることもある。

それだけ,充実した日々を送っていたのだろうと思う。

そんな中,日本では地震の影響で今もなお多くの行方不明者の方がおり,

多くの方々が避難所生活を余儀なくされている。

僕たちは,本当に「運よく」地震を免れた訳である。

しかし,ベトナムにいながら複雑な気持ちは拭えなかった。

日本人学生は,「ここに本当にいていいのだろうか」と一様に悩んでいた。

それでも今,自分たちができることに集中したことで”貴重な体験”と,

かけがえのない”友達”をつくることができたのである。

ここで,僕は決意を示したい。

「今度は,僕が頑張る番だ」

というのも,日本に帰国後から面接の日程も延期,電車は通常運行せず,楽しみにしていた

大学イベントの中止。何もかもうまくいかず,少し落ち込んでいた。

しかし,もう僕に落ち込んでいる暇は無い

日常の生活を取り戻すために。

被災者の方,避難所生活をしている方に協力できることは

微々たるものであると,僕は思っている。

それでも,「募金」,「買い占めをしない」,「物資の支援」などは

地元の自治体を通じて協力することは出来る。

気持ちを切り替えるために今回ブログを綴った。

日本のために祈る世界の人たちのために

自分は何ができるのか。

とりあえず前に進んでみる。

3月21日

自宅より

<最後に>

チェンジメーカー留学INベトナム参加者がブログで今回の旅を
振り返っているので,ここで紹介したいと思う。

ベトナム-フエで仕事をつくる!

ベトナム・ダナンではたらく若造のブログ

素晴らしい世界

たけぞうの,のっぴきならない事情

僕が書いた内容とは,また”違った”視点でこの旅を振り返っている
ので僕自身とても新鮮で,勉強になることが多い。

他の参加者のブログは今後Up予定なのでとても楽しみである^^

2011年3月19日土曜日

Change Maker in Vietnam Part 2








(世界遺産であるホイアンの街並み)


Change Maker in Vietnam Part 2  では,Part 1 の続きとフエの街でフエの学生と
と共に協力して取り組んだワーク,そのワークで感じたこと,今後本物のChange Makerに
なるために必要なこと,出発前と帰国後の変化,そして最後にフエの学生達,川村さん,
唐津さん,イェンさんへの感謝の想いを綴ろうと思う。


侍食堂 (ホイアン唯一の日本食屋),

宮川玄太さん,臼田玲子さん(U-CAFE建設中)

宮川さん

いきなり仕事をやめてホイアンに来た来た理由はTVでホイアン特集を見たから
(日本での仕事に少し疑問を抱いていた),料理経験はほとんどない状態。

先に動いて,後で考える。
ベトナムに来た以上は,自分の力で何とかしないといけない。

*ベトナム人(学生含む)における仕事の見つけ方

人づて(親戚,知り合い)を頼って仕事を見つける
日本のようにリクナビ,マイナビのようなサイトは
存在しない。なので仕事を見つけるのにも一苦労。

⇒日本は情報過多,ベトナムは情報不足

「Made in Japan」(日本製,日本人) というブランド
会社員経験の必要性(経営の管理に役立つ)

動機が単純なほど物事は長続きする傾向にある

臼田さん

職業訓練を目的としたカフェを建設中。ベトナムの恵まれない人たちのために
日本で捨てられていた放置自転車をベトナムに運ぶためのプロジェクトを実施。
川崎市議会との協議の上,連携を図ることが出来た。1回650台(半年ごと),輸送費35万

臼田さんが今のベトナムについて不安を感じていること

ITによる文化の破壊(*ベトナムではWifiがかなり普及しているため,どこでもネットが使える)
95年・日本でインターネットが普及した頃によく似ている。PCの利用によって大事な時間が奪われてしまう。目の前にある本当に大事なことが見えなくなってしまう。

カフェでは,ベトナム人に職業訓練の支援と日本の実学(接客・料理・語学・ホスピタリティ)を
教育する。日本の実学の重要性を指摘

*ベトナム特有の文化

ベトナムでは,食事中に出たゴミをテーブルの下に落とす習慣がある。これはなぜだろうか?
日本人の感覚からすれば「食事中に出たゴミは自分でゴミ箱に捨てるか,テーブル中央に
まとめておく」だろう。ベトナムでは,そのゴミを「掃除する仕事(人)」があるからだ。つまり,
「ゴミを拾うこと」が1つの仕事として成立してしまっている。従って,食事をした人が自分で
ゴミを片付けてしまうと,彼らの「仕事(雇用)」を奪うことになってしまうのだ。臼田さんは,
そのベトナムの文化の問題点を指摘し,「ゴミを拾う仕事」ではなくもっと別の仕事をできる
ように教育すべきであるとお考えになっていた。

今のベトナムは,バブル状態で経済は右肩上がりで成長していので不安になる暇すらない。

ベトナムの良い点は,人と人の関係が見える。困っている人がいればすぐに助けてくれる
そして,コミュニティが元々小さいため周りの人たちのことを良く知っている。子供は親の仕事
を正確に理解しているし,近所の人たちの家族構成なども把握している。

日本の強みを感じると共に,「雇用」という事を深く考える契機となった。「雇用」を意図的に
  生むことが果たして正しいのだろうか。もっと素晴らしい仕事はあるのではないだろうか。

■YALY(オーダーメイドの服飾店)









(風呂敷をエコバッグにするワーク)


比留川 由希さん

YALYはホイアンで400店舗を構えるオーダーメイドのお店
力を入れていることは,製品の品質と人材教育。

面白い人生にしたい!と思い挑戦の28歳でホイアンに来た。
彼女に求められていることは,日本人のお客をどうやって呼び込み
宣伝し接客するのかということ。難しいミッションが課せられている。

日本人市場を開拓するために日本人でコンサルティングできる
人材が必要である。「必要とされる」ことの嬉しさ。

その国で自分にしか出来ないことをやる。それが,あなたの価値になる。

*彼女は”ホイアン娘”というグループを結成しホイアンを盛り上げようとしている。
  この動画を見て元気になりましょう^^

■ENNAホテル

日本時女性とベトナム人男性が結婚して2010年に建てられたミニホテル。
日本人客に限らず多国籍なお客さんが集まるアットホームな空間が長期滞在
するお客さんに評判。

ベトナムでホテル経営

<アドバイス>

投資すること
これから経済成長をする可能性が高い国へお金を投資する
ちょっとずつ利益を出していく。生活までも海外にシフトする。
海外で働き,そこに暮らす。

<ベトナムから見た日本>

外から日本を見ると心配である
日本は先が見えない,ベトナムは先が見える
若者が活発化する必要がある。海外に出た若者が日本に戻ることが
その国のためになる。口だけではなく,外で実際に働く。
”夢を創ることのできる国に行く”
”今の日本は残念ながら夢を作れる国では無い”

*この発言は今回の地震とは無関係なのでご理解頂きたい。

ベトナムの労働時間9h~10h 土曜日も働く。
日本の場合アルバイトにしてもお金になる。アルバイト=ビジネスの素養が身に就く。
ビジネスを学ぶ。チャンス・不便である中で,様々な仕事をしてみる。

世界を幅広く見る必要がある。アルバイト(短期バイト含め)を
多くしてみる=ビジネス視点,経験を得るために。

自分の力で飯を食っていけること。3年間は1つの仕事に集中する。
新卒にこだわる必要は無い。世界で闘うのも大いに結構である。

無駄なお金を使わないで努力をすること。コンビニを利用する機会を減らし,自分で
作る(水筒・弁当)努力。無駄なお金を使わずに節約することが,海外の厳しい生活に
耐えるための1つのトレーニング。お金を使うことが出来ない状況で自分の力を鍛える
必要がある。

■MIKIホテル

2010年にオープンしたばかりの新しいホテル。ベトナム人のオーナーと,日本人の
奥さん(ミキさん)によって経営されている。ホテル経営の他にも「日本語教室」や
「孤児院の支援」なども行っている。今回のフエ滞在の拠点となる場所である。

孤児院の支援,元々は日本で建築士をやっていたものベトナムで
ボランティアをすることを決意し,ベトナムに来た。
ストリートチルドレンの実態について心を痛める日々。

子供たちを助けたいと思い来たものの,逆に子供たちに励まされた

フエの場合,日本語学習者の供給が多いが供給過多が否めない状況。
つまり,就職先がない。これがベトナムの実情である。

⇒MIKIホテルのベトナム人スタッフはミキさんの指導の下,日本式の接客マナーや日本語を
  学習しているため,僕たちはとても快適に泊まることが出来た。
  ぜひフエに行く際には,MIKIホテルのご利用を勧めたいと思う。

■夜の振り返り(飲み会)









(夜の飲み会!午前2時半まで続いた)


日本というブランドを再認識

「日本人は日本だけで生きているという感覚」
「自分たちの中だけで全てが完結してしまっている」

単なる”日本人”でしかない(守られているという感覚)
日本人としてもっとやらなくてはいけないことがある。

<仕事=”握手”という考え方>

①自分から手を出す(自己アピール,能力を示す,需要があるかは不明)
②世の中(社会)が手を出す(社会的需要がある,好き嫌いは別,手を握り返すのか)

企業が今,”どういった手を出しているのか”(どのような人材・能力を求めているのか)を
冷静に見極める。自分ばかりから手を差し出しても,手を握り返してもらえない。
”世界には色んな手がある”その手を見つけて握るのは全て自分次第である。

<海外で自分の価値を見出す方法>

ある国の第3の都市を狙う(日本人がいない場所を選ぶ)
そこに仕事がないなら,自分で創るしかない。

日本式のプログラムを輸出する。
日本=課題先進国(問題解決法を提示する必要性)
*海外における日本語のコールセンター業務

⇒自分に失礼のない生き方をする必要がある。今を大事にする。
  日本人が出来ることって何だろう。
  ”たくましく生きる必要がある”些細なことで落ち込んでいても仕方がない。

*夜中に川村さん,唐津さんが仰っていた内容をまとめてみた。
  お二人のたくましさに感激するとともに,苦労話をお聞きすることも出来た。
  唐津さんのここまで来たら もう「意地」しかないというお話には相当な覚悟があったの
  だと感じた。(お二人のブログは最後に掲載する予定)

■フエ外国語大学









(自然に囲まれた雄大なキャンパス)


フエにある総合大学の1つ。全部で8つの学科があり,5年前に日本語言語文化学科が
創設された。数ある学科のうち,日本語は英語に次ぐ2番目の人気となっている。

日本語を学ぶ学生50人(1クラス)男性は3人

日本語力はかなり高い(会話を重視する授業)
ハングリー精神=単語をメモを常に持っている。
分からない時は,素直に聞いてくる。恥ずかしがらずに一生懸命やる。
日本語を学ぶ理由は,日本の漫画と文化が好きだから。また,日本語が出来る
否かが自分たちの仕事・人生に影響してくるから(後者は僕の思うこと)
日本人とは,必死さが違う。生きるために学ぶ。

楽しそうに学ぶ姿,これが本来の教育。

⇒授業に参加させて頂いたが,驚くほど日本語が上手であった。みんな上手に
  なりたいと強く思っているからこそ学習意欲が高いのだろう。一番印象的だったのは,
  僕が担当していた班の中から音読を発表する二人組を選ぶ際に,みんな恥ずかしがって
  誰も自分からやりたいとは言わなかった。(日本とあまり変わらない光景だった)
  しかし,僕がある女子2人組に「上手に日本語を話すためには発表はとてもいい機会だよ。
  上手じゃなくてもいいからみんなの前で発表してみよう」と諭したら,彼女らは素直に受け入れ
  てくれてその後素晴らしい発表を披露してくれた。きっと彼女らは恥ずかしいだけだったんだね。
  それでも勇気を振り絞って発表してくれた。物凄く僕は嬉しかった。

■フエの街を紹介するワーク









(みんなでフエの街を紹介するMAPを作成!)


フエの街はとてもいい街だが,ホーチミンとハノイの中間にあるため旅行客に素通りされてしまう。
また,フエを紹介するガイドマップもあまりないため日本人が来た時も楽しむが難しいのが現状。
そこで僕たちと現地の学生が協力してフエの街を紹介するためにフィールドワークを行い,調べた
店舗や商品を紹介するためのMAPとチラシを作製した。

ワークをする中で感じたことを綴ってみる

日本人同士でワークをするのにも苦労な中,ベトナム人学生とワークすることは
非常に難しがったが,ワークの目的を共有するために噛み砕いた日本語で説明した
ところ僕たちの想いを正確に理解してくれた。

彼女らは,ワークを自分たちのペース(ゆっくり)でやりながらも絶対に手を抜かない
まるで”職人”みたいだった。逆に,日本人学生は時間を重視しつつ一定のラインで
終わらせることを望んでいた。両者の「時間感覚」の違いはとても勉強になった。
国籍の異なる者同士が仕事をすることの,難しさと楽しさを知ることが出来た。

言葉だけでなく,相手の目をみて”想い”を伝えようとすると彼女らは自然と
僕らの事を理解してくれた。これこそが本当の”異文化交流”であると実感した。









(最後に丸2日かけて作成したMAPをミキさんにプレゼント)


最後にみんなでチラシを周辺の店舗に置いてもらうために,飛び込み営業を行った。
しかし,雨が降っておりしかも時間があまりなかったため多くの学生が近くのスーパーで
買い物をしていたー笑(*唐津さん,川村さんごめんなさい!!)








(今回,僕たちに協力してくれたフエ外国語大学の学生!
 *下にいる男性は,日本人ですー笑)









(前日の夜に最後の打ち上げを行う!学生から素晴らしい
 プレゼントをもらった!ありがとう!)









(最後の別れ。学生1人ずつから挨拶。この時のことを
 あまり憶えてない。なぜなら,すでに泣いていたからだ。)


別れの朝。最後に彼女たちから日本人学生と1週間を過ごしての感想を
語ってくれた。

その中でも,印象的な言葉があったので紹介したいと思う。

日本人の学生と”友達”になれて本当に嬉しかったです。私たちは,お金があまりないので
日本に行きたくても行けないです。でも,日本の”友達”がわざわざベトナムに来てくれたおかげ
日本の事を知ることが出来ました。ありがとうございました。

ベトナムはまだ若い国だからこそ,私たちに依存しています。だから,私たちは
まだこの国でやらなくてはいけないことがたくさんあります。

最後にフエの学生,ガイドのイェンさん,川村さん,唐津さんへの感謝の想いを
綴りたいと思う。そして,本当のChange Makerになるための決意を記したい。

<フエ外国語大学の”友達”へ>

みんなのおかげで楽しい1週間を過ごすことが出来ました。本当にありがとう。
初めてダナンの空港で会った時の,明るい歓迎は本当に嬉しかったよ。
一生懸命日本語を勉強している姿をみて,僕はとても刺激を受けました。
みんなと大声で笑いながら過ごしたあの時を今でも忘れることが出来ません。
日本の地震について常に心配してくれて,僕たちに明るく接してくれました。
みんなは,僕にとって”最高の友達”です。必ず,もう一度ベトナム・フエに行きます。そして
またみんなと再会したいと思います。本当にありがとう。

<ガイドのイェンさんへ>

この旅はイェンさんがいなければ,上手くいかなかったと思います。
僕たちの日本語をベトナム語で現地の学生に伝え,現地の学生の言葉を
日本語に訳して僕たちに伝えてくれました。”言葉の共有”をすることが出来たのは
イェンさんのおかげです。本当にありがとうございました。ベトナムで過ごす上での,
様々なアドバイスのおかげで僕たちは楽しく時を過ごすことが出来ました。
また,ベトナムでお会いしたいですね^^本当に感謝しています。ありがとうございました。

<川村さん,唐津さんへ>

本当にお2人には感謝しております。この旅では「海外で働く可能性を摸索する」ことを
意識して時を過ごす中で,お二人の姿を拝見して可能性を見出すとともに,厳しさ,覚悟の
必要性を感じました。ベトナムは本当に素晴らしい所で本当に楽しかったです。
この旅に行くきっかけは「お二人がベトナムで働く姿を実際に見たかったからなんです。」
(恥ずかしくて直接言えませんでしたー笑)また,必ずベトナムを訪れたいと思います。
今度は,一社会人(ビジネスマン)としてお二人とベトナムでお仕事ができることを心から
願っています。そのために努力します。本当にありがとうございました。

<最後に>

「具体的な何か」が変わった訳じゃないと思う。しかし,今まで日本で暮らす中で忘れていた
「大事なこと」を思い出させてくれる旅だった。勉強の大切さ,生活の大切さ,世界の厳しさ,
どれも日本だけでは得ることが出来なかったことだと思う。「潜在的な意識」が変わったのだろう。
Change Maker になるために大事なことを考えてみた。「小さな変化を自分の中で起こし続け,
それを行動に移すこと」これが必要だと思った。

この1週間の旅は,忘れることのできない日々になるだろう。
辛いことや,苦しいことがあってもベトナムで”友達”と過ごした
日々を思い出すことで乗り越えたい。

これで旅は本当に終わってしまう。ただ,これからの新しい「旅」にむけて
歩みを続けたい。


ありがとう。

ベトナム。

またね。



完 



3月19日 自宅より 



*日本のために祈る”友達”に感謝の想いをこめて

2011年3月18日金曜日

Change Maker in Vietnam Part 1








(朝5時に起きて見に行ったダナンの海)


この文章をまとめながら泣いている自分がいる。
なぜだろうか。たった1週間だったのに,それ以上に
密度の濃い時間を仲間とともに過ごすことが出来た
からだろう。普段僕はめったに泣かない。卒業式で
1度も泣いたこともない僕が,現地の学生と別れる際に号泣していた。
それだけ僕にとってこのチェンジメーカーINベトナムは大きなものだった
のかもしれない。誰よりも別れるのが寂しくて泣いていた。

今回,この旅で学んだこと・感じたことを2回に分けて綴ってゆく。
Change Maker in Vietnam Part 1 では,訪問した企業やベトナムで働く
日本人から学んだことに対して自分なりの解釈を付け加えたいと思う。
Change Maker in Vietnam Part 2では,Part1の続きとフエの街でフエの学生
と共に学んだこと,そして自分が今後本物のChange Maker になるために
必要なことをまとめる。最後に仲間への想いを綴ろうと思う。

特に,ベトナムに行く前の自分と帰国後の自分にどのような変化が
起きたのかを意識しながらブログにまとめていきたいと思う。

まずこの旅に参加した目的を1週間前に遡って綴ってみようと思う。

・日本の「常識」をベトナムの「常識」と比較するため 例:時間感覚
・日本を外から客観的に捉え,日本の良さを再確認するため
・GDP経済成長率の伸び率の要因は何であるのかを,
 実際に自分の目で見て体感し皆に伝えるようにするため
・日本人が海外で働くことが本当にできるのか,その可能性を把握するため
・ニュースでは分からない,本当のベトナムの姿を知るため

以上5つの目的からこの旅は始まった。しかし,1週間後には当初の目的
以上の”何か”を得ることが出来た。これからこの旅を1日目から少しずつ
振り返っていきたいと思う。読者の皆さんには,僕が体験したことを疑似体験
するつもりで読み進んでもらいたいと思う。この旅では楽しいことが多かった一方で,
日本の厳しい現状・課題を否応なしに突きつけられることとなった。このことから目を
背けないでほしい。逃げないでほしい。己と格闘することが,世界あるいは日本を良く
ために必要なのだから。

以下で,体験した内容をメモする。途中で,自分の考えたことを付け加えて
行く。そのことが,自分の中で「変化」したことだと思っている。

午前12時過ぎに日本人学生6人が無人のダナン空港に到着
フエ外国大学日本語学科の学生6人(女子),今回の旅をガイド

して頂いた唐津さん,川村さんと合流

翌日にHRIオフィスで現地学生と共に自己紹介
日本に留学経験のあるベトナム人ガイドのイエンさんとも合流

☆自分のベトナムに対するイメージ
・バイクが多い
・料理が美味しい
・経済成長が著しい
・みんな幸せそう

・ベトナム戦争

☆フエ外国大学の学生の日本に対するイメージ

・とてもキレイな国
・技術経済発展
・日本人は忙しそう
・着物がいい
・日本の電車は素晴らしい

・漫画が大好き(例:ドラえもん,名探偵コナン)

⇒彼女らは,日本語を学んでいるため日本について様々なことを知っていた。
  特に,日本の技術・経済発展について言及する学生が多かった。
  日本人学生は,あまりベトナムに対して具体的なイメージを持っている
  訳ではなかったものの,ベトナム戦争の印象は強いようだった。しかし,現地の
  学生はあまりベトナム戦争について反応しなかった。それは,戦争が自分
  たちの世代で起きたことではないからだろう。その点では,日本の若者とあまり
  変わらない。戦争の記憶は薄らいでいくのだろうか。

<初日・訪問企業>

VBPO(ベトナム・ビジネス・プロセス・アウトソーシング)




 
日系企業からの経理・給与計算の委託業務の請負

約30名程度のベトナム人社員が一斉にパソコン画面に向かって
日本語を打ち続ける。壁には,タイプミスを防ぐために振り仮名つきの読みの難しい漢字が
書かれた紙が貼られていたあの光景は,今でも忘れらないくらい衝撃的だった。
正直茫然として言葉が出なかった。これが今世界で起きていることなんだと。

⇒とにかく人件費が安い(PCスキルと日本語ができる社員)

今まで,日本人がしていた仕事をベトナム人に
取られてしまった。(仕事のレベルは高い)

◎日本人は単純作業以外の仕事をやる必要がある。
(単純作業=誰でも出来る仕事は替えが効く⇒人件費が安い方にシフト)

・日本市場を獲得することが最大の目的
 なぜ英語ではないのか?
⇒すでにインド・フィリピンがいるから。

日本へのBPO営業をする
従業員45名,1週間45時間労働(日~月)
毎日1時間のタイプトレーニング
人件費は,月100ドル(約8000円)

◎日本人は価値のある仕事をしないと本当に

  仕事の大半を海外に奪われてしまうことになる。
(機械ではできないこと,語学力(英語・中国語),専門性)

彼らにとって日本語が業務に直結する現実。生きるために学習する。
出来なければ,雇われない。日本語をやる理由は,生きるためだ。


さくらフレンズカフェ

 









 竹内さん
孤児院の支援,日本人の集まれるカフェ
ろう学生の自立支援

ベトナムは30年前の日本に似ている

日本人は準備する,ベトナムは準備しない

日本は技術力の良さがある一方で,
収益化する(マネタイズ)するのが
極めて下手である。



⇒日本製品はバイクのホンダ,ヤマハがほとんどであった。
  テレビなどの電化製品はサムスン,LGが大半を占めている。
  携帯電話はノキア,サムスン,LGがメインであった。
  日本製品は品質はいいが,値段が高いため購入されない。

ベトナム人は生活(家族)を大切にする
”生活”がブレない=人生


⇒地震が起きた翌日から「家族は大丈夫なのか?」
 この質問を様々な人から受けた。彼らにとって
 「家族」は特別な存在であると感じた瞬間だった。

仕事の好き嫌いではなく,自立して働くために学ぶ
分からなくても汗水たらして働く。その中で
考える。大事なのは,自分の力で食べること。

ドンズー日本人学校




  日本語教育の学校

日本語教育する方法
⇒単語カード,音読(論理は適確)

日本のことは,世界であまり知られていない
中国語を学ぶ必要性(利用者が多い)
(時間投資の割合と優先度を変える)

基本的な日本語の単語を暗記して使えるようにする

自分をコントロールする大事さ













⇒学びにどん欲な学生が真剣に授業を受けていた。 
 かつて,勤勉と言われていた日本人は現在どうだろうか。
 彼らは,生きるための手段を得るために学んでいる。
 危機感を持つことで,学習意欲も向上することになる。
 彼らが日本語を学べば学ぶほど,日本人の仕事は
 奪われていくだろう。それだけ彼らは厳しい世界で生きている。


■某日系メーカー*名前は伏せます




人件費の安さを背景に日系企業が
中国に進出することになった。

しかし,中国の経済成長と共に
人件費が上昇。日本企業 4社に1社
日本の場合,内陸のため物流コストが高い

第1候補*ベトナム

ベトナムも人件費が上昇してしまうと,
また別の人件費が安い国にシフトしてしまい

雇用が失われる,工場で単純作業をしているため
専門性が身につかない。仕事に応用が効かない。


⇒彼らには”保障”なんていうものはないのだろう。
 これが現在の新興国の現状である。成長には,
 常に「光と影」が存在する。

日本から”ものづくり”は消える
韓国企業にあって,日本企業に無いものは圧倒的なスピード感


海外に出る理由=生きるため,出ざるを得ない

日本では働けないと覚悟した方がいい
(英語,中国語を徹底的に習得)

■某日系メーカー*名前は伏せます

300名のベトナム人が工場で働いている

投資環境
ベトナム*ハイパーインフレ,高賃金
工場を指揮する日本人社員の言葉

日本人は国・企業に守られている
海外で働くことは,基本的に守られない状況。
日本の大企業に入ることも,ある意味では「甘え」
何も分からに状況で生きていく。

そこで生きていくしかないor思い切って海外に出る

米国*自分のやり方を曲げない
日本*相手国に溶け込む(無理が生じる)

次は,ミャンマー・バングラデシュを模索

人件費は常に安い方向にシフトする。
工場で働く人々はどうなってしまうのだろうか。

生きていくのに必死,日本にいる方がヤバイかもしれない
資産運用(年金・保険)を自分でできる自信があるなら海外に行けばいい

日本教育=信用(信頼)を生む教育
時間・約束を守る 納期=信用


日本の時間感覚を再認識。

◎お金を貯めて資産運用する


基本的に自分の力で状況を打開する必要性がある。
海外で働くことは,今まで自分が思っていた以上に厳しい

ことであると感じた。覚悟が無いなら,日本にいた方がいい。
それだけ,世界は厳しいのだ。


 
■ベトニャット幼稚園















かつて日本の幼稚園で働いた経験がある
ベトナム人女性と同僚の日本人女性

日本教育の素晴らしさ
ベトナム教育の問題点

日本人~叱る(理由づけ),素直に言える,想像力
ベトナム人~甘やかす(ごまかす),運動させない,親の問題

◎日本式教育を輸出できる可能性
日本式人材教育,マネジメント,教育の大切さ

◎日本はハード(製造業)ではなく,ソフト(教育プログラム)
を重視すべきである。


⇒教育の難しさを実感した。子供ではなく親に問題がある。
  日本式の教育は,ベトナムの親子に好評だとのこと。
  子供たちも日本語の曲に合わせて元気に踊っていた。
 
⇒日本がこれから重視すべきは,世界で応用できる人材教育法,
  組織マネジメント,教育プログラムなどのソフト面であると考えた。
  このようなソフト面を海外で戦略的に売っていくことがカギとなる。
  例えば,地震防災対策プログラムのノウハウを海外に輸出する
  こともできるだろう。そして正直に言えば,製造業に未来はないだろう。
  生き残る唯一の鍵は,世界と本気で闘う意思があるかどうかだ。

Part1では,体験した内容に自分の意見を付け加えた形になった。

少々厳しい内容を書いたが,これが世界の現実なのである。
日本のように”守られている”感覚はほとんどない。その一方で,
ベトナムも成長途中の国だからこそ問題が山積している。
その中で,「日本」というものが求められていることを知れたのは非常に
大きい経験だった。世界では日本のノウハウを必要としている国が
あるのかもしれない。

明日以降では,その後訪問した企業や日本人,フエの街でフエの
学生とともに協力して取り組んだワーク,そこで得たものを綴る予定である。
そして,今後本物のChaneMakerになるために必要なことをまとめてみる。
最後にフエの学生,唐津さん,川村さんへの感謝の想いを伝えることとする。
なぜなら,別れ際に号泣してきちんと挨拶できなかったからであるー笑

3月18日 自宅より































































2011年3月8日火曜日

ご報告。

こんにちは!

こーへいです!

久しぶりにブログを更新します。
少しサボっちゃいましたw

現在、就職活動中ですが
3月10日~3月17日まで
ベトナムでインターンシップ
しに行ってきます。

就職も”少し”心配ですが、
それより自分の信念を
貫きたいと思い、行くことに
しました。

急成長しているアジア。
その中で、ベトナム。

ベトナムの良い面も悪い面も
自分の「身体」で体感したいと
思ってます。

日本を外から見たいと思います。

日本っていい国なんだ!って
素直に思えるように。

これからの「生き方」、「働き方」
と真剣に向き合いたいと思います。

自分と格闘する

バイバイ。

こーへい