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【TOEIC160点アップ】フィリピン留学とオンライン英会話の効果

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1月29日に受験したTOEICの結果をインターネットで確認したところ、約1年前に受験した
時のスコア610点から770点(160点アップ)にスコアが上がっていました。今までの
目標が700点を突破することがでしたので、今回の結果に非常に満足しています。
これも、フィリピン留学【3カ月】とオンライン英会話【1カ月】の効果だと思います。

今回は、700点をなかなか超えることが出来なかった私が、どうして160点もスコアをアップさせる
ことが出来たのかを「自己分析」すると同時に、今後の課題や英語学習の方向性を考えます。






















上記は、「過去5回のTOEICスコア」の推移を示したものです。今まで、大学が年に1回
無料で受験する機会を与えてくれていたので、基本的に年に1回受験していました。受験
する度に得点は上がるものだと思っており、635点まで順調に得点は上がっていたものの、
前回はまさか得点が下がるという事態が起き、かなり落ち込みました。その時から700点
の壁を超えるのは大変だと考えていました。




















そして今回、700点を突破するという目標を達成することが出来ました。特に、前回と比較
してリスニングのスコアが100点アップしたことにより、スコアが大幅に上がったと考える
ことが出来ます。(リーディングのスコアは60点上がりました。)以下では、リスニングと
リーディングの項目別にスコアが上がった要因(フィリピン留学とオンライン英会話の
影響など)を分析したいと思います。

<リスニング>


今までは「なんとなくコレが正解かな」という半ば「勘」に頼って回答シートにマークを付けて
いましたが、今回は「間違いなくコレが正解だ」という手応えを感じる機会が多かったという
のが正直な感想です。フィリピン留学中は、ほぼ毎日6時間以上先生と会話をしていた中で、
リスニングの力が鍛えられたのだと思います。さらに、先生が話す内容を正確に「理解」する
ことを意識していたので、同時に「理解力」や「集中力」が身についたのではないかと思います。

前回までは、比較的文章が短く簡単な設問(パート1・2)でケアレスミスを犯し、文章が長め
の設問(パート3・4)で大半を間違えるという傾向が続いていたのだと思います。しかし、今回は
前半部分で確実に得点を重ね、後半部分では極力間違いを減らすことが出来たと感じています。


<リーデ…

現代は「選択肢が少ない」方が幸せかも知れない-「選べないなら、選ばない」-

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「選ぼうとするから選べない」むしろ「敢えて"選ばない"」というシンプルな考え方。
過度な主体性ではなく,流れに(意識して)身を任せる受動性。(過去のツイート)


膨大な選択肢から無理して何かを選ぼうとするときつくなる。選べないなら、選ばない。取りあえず限られた選択肢の中で選ぶ。"良い"選択肢は少なくなったかも知れないけど、選ぶ際の負担は軽くなった。これからは選択肢を「選ぶこと」から「捨てること」という考えにシフトしていきます。(過去のツイート)


私たちは,人生の中でことある度に「選択すること」を否応なしに迫られています。何を食べるのか,何を飲むか,どの学校に進学するのか,どこに就職するのか,誰と結婚するのか,老後はどこで過ごすのか,など多くの選択が私たちの人生を決定づけると云っても過言ではありません。


また,選択肢の多さや比較的自由に選択できる権利は,多くの場合「経済的環境」と関連があると思います。その意味で,先進国の日本は比較的多くの選択ができるという意味では,非常に恵まれた環境です。インドのようなカースト制度はなく,海外からの信頼の証であるパスポートを持ち海外旅行にも自由に行くことが出来る,また学歴社会といえども就職先も基本的には自由意思で選ぶことが出来る,私たちは数え切れないほどの選択肢と選択の自由を抱えて暮らしています。さらに,昨今のソーシャルメディアの普及により膨大な情報とそれに伴う形で(本来,知るはずのない)選択肢が可視化されるようになりました。それが,結果的に「隣の芝は青く見える」ことになるのです。


ところで皆さんは,数多くの選択肢があることを幸せだと感じますか。もちろん,選択できないよりは出来た方がいいに決まっていますが,果たして本当に幸せなのだろうかというのが,ここ最近私が考えていることです。過剰な選択肢は時として,大きな迷いを生み決断を遅らせる原因となっているのではないでしょうか。




日本でも非常に売れている『選択の科学』の著者でコロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授のTEDスピーチ「いかに簡単に選択をするのか」が,私が考えていることを分かりやすく説明しており感銘を受けたので,膨大な選択肢と情報が洪水のように溢れる世の中においてより良い「選択をする上で大事な4つの方法」紹介したいと思います。

【選択の問題…

オンライン英会話で英作文をしようと決めた人たちへ-「書く」ということを考える-

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私はオンラインで受講しているラングリッチの授業中に,英作文を先生に添削してもらっています。以前は,フリートークや授業中に教材を読んでそれに対する意見や要約を英作文せずに話して授業をする形式を取っていました。しかし,レッスン時間は25分と限られている中で,その場で考えて意見を話し合っているだけでは時間がもったいないと感じ,また留学中にあまり時間を割くことが出来なかった英作文の力を鍛えるためにレッスンで英作文の添削をしてもらうようにしています。英作文は事前に自分の考えを論理的に整理し,相手に伝えるための効果的な手段になりますのでしっかりと準備しておきましょう。

今回は,ここ2回のレッスンで実際に使用し,先生に添削をしてもらった英作文を動画と共に公開します。普段から,特に〇行を必ず書くということは決めていませんが,私の場合は約15行程度を目指して書いています。その際には,「要約」を意識しつつも「自分の意見」や「先生と共有したいアイデア」などを英作文に織り交ぜています。また,英作文を書くときには「文法」や「表現」に注意しながら,「基本」に忠実に書くように心がけています。英作文を利用した際の授業の流れは以下の通りです。英作文を利用した授業をこれから検討されている方は,ぜひ参考にしてみてください。

<英作文を利用した際の授業の流れ 25分>

①簡単な挨拶(自己紹介や世間話など) 5分
      ⇩
②記事を1度音読(発音と理解度チェック) 7分
      ⇩
③英作文をスカイプチャットに貼り付け1度音読(発音と文法のチェック) 5分
      ⇩
④英作文の内容を基に会話をする(お互いの意見を交換する) 8分

「英作文を書くこと」や「英語を話す」ことは,相手に自分の考えを伝えるための「手段」の1つです。しかし,昨今の英語に関する議論の大半が「英語を話すこと(スピーキング)」に向いているような気がしています。一方で,「英語を書くこと(ライティング)」ことは長い間,教育において軽視されていたのではないでしょうか。少なくとも私が受けた私大文系の入学試験では英作文をさせる試験はありませんでした。また,「英会話が苦手」という人は大勢いるのに「英作文が苦手」という声はあまり聴きません。あまりにも「書く」という行為が「(できて)当たり前」という空気があるのかも知れません。

最近,記事を書く…

ソーシャルメディアが“あなた”を変えるのではなく,“あなた”がソーシャルメディアを使って変わるということ

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フェイスブック上場のニュースに世界中が注目している中で,私たちの生活にソーシャルメディアが欠かせないものになっていると改めて感じています。また昨年から「ツイッターのおかげで人生が変わりました」「フェイスブックでビジネスが変わりました」などの言葉を頻繁に耳にするようになり,かつて私も前者を事あるごとに言っていました。ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアが普及する以前には,絶対に出会うことがなかった,または繋がることはなかった人たちと繋がることができたことで,自分の人生が変わったと感じる人は非常に多いと思います。

しかし,本当にソーシャルメディアが“あなたの人生”を変えたのでしょうか。最近,私はこのことに疑問を感じるようになりました。よく言われるようにソーシャルメディアはあくまでも「ツール」であり,人々とゆるやかに繋がるための「手段」だったのです。ソーシャルメディアの中に「人の人生をより良い方向に変える」という意味が果たして内包されていたのでしょうか。もちろん,ある程度ユーザーが増えていく中で,そのような意味も出てきたのではないかと思います。

それでは,なぜ比較的多くのソーシャルメディアユーザーがそれらの恩恵を受け,「自らの人生をより良い方向に変えることができ,人生またはビジネスが変わった」と感じるようになったのでしょうか。

それは,「ソーシャルメディア」のおかげではなく「“あなた”が自分の人生をより良い方向に変えたいと強く願っていたから」だと私は思います。ソーシャルメディア登場以前にも,このようなことを考えていた方々は大勢いたでしょう。しかし,変えるための効果的な「手段」がなかった,そして変えるための「方法」を知らなかっただけなのです。私も中学・高校・大学2年次までいわゆる「普通の学生」でした。また,特にパソコンやインターネットに詳しいわけでもなく,完全な「機械音痴」でした。ちなみに大学1・2年生の時に流行していたミクシィをやったことがありません。そのくらいインターネットに疎かったのです。

いわゆる「普通」の私もどこかで,当時はそのことを「コンプレックス」と感じていました。また,元々社交的ではなかったので学校外に沢山の友人がいた訳ではありませんでした。(1・2年生の時は,恐らく自分と異なる大学に通っている友人はいなかったです)

「どうしたら学校以外で友人を…