こんにちは。こーへいです。
喉に少し痛みがあるものの,
少しずつ体調は良くなっています。
さて,今回は『人生論』(角川文庫)に
ある気になる部分について紹介し,
色んなことを考えてみたいと思います。
Twitterなどでよく論じられる「目的」と「手段」(行為)
を混同してしまう問題について,なんと昔から
トルストイは指摘していたんですよね。
「すべてものを考える場合,だいじなのは,考えることそのものではなくて,
考える順序だということ,つまり,はじめになにを考え,あとになにを考えるか,
それを知らなければ,いくら考えてみたところで始まりはしない」
「すべて考える目的がこの順序を定める」
「目的を忘れた考えは,たとえ,どんなに論理にかなっていようとも,
どこか分別に欠けたところがあるものだ。」
まるで最近売られているビジネス本と,同じようなことを
約125年前に指摘していたんですね。こりゃすごい。
つまり,先に「手段」(行為)を決めるのではなく,
「目的」を決めれば,自ずとその目的を果たすための
「手段」は定まる。彼はこう言った訳ですね。
例えば英語を学ぶことは,「目的」ではなく「手段」である訳です。
海外で英語を駆使して仕事をする(=目的)ために,
英語を学ぶ(=手段)んですよね。
この「目的」と「手段」を混同してしまうと,
何のためにやっているのか分からなくなってしまいます。
効率も悪くなり,効果があまり出なくなってしまう。
この「目的」と「手段」について”茶”という観点で西洋と日本の違い
を指摘した,猪子寿之(チームラボ)さんの動画があるのでぜひご覧に
なってください。凄く面白い方ですのでw
猪子寿之 デザイン特講 I DESIGN CHANNEL
(5:00~どうぞ。)
日本人は,「目的」と「手段」を混同するのが得意な
民族なのかも知れませんね。
「目的」を忘れて「手段」に”美”や”精神性”を見出す。
しかし,そんな合理的に生きなくても人生って
楽しくなるんじゃんって思ったりもする訳ですよ。
僕自身も,気をつけてこの部分を意識したいなって
風邪気味ながらボンヤリ思ったんですよw
こーへい。
*ブログを毎日ゆるーく更新出来ればいいな♪
喉に少し痛みがあるものの,
少しずつ体調は良くなっています。
さて,今回は『人生論』(角川文庫)に
ある気になる部分について紹介し,
色んなことを考えてみたいと思います。
Twitterなどでよく論じられる「目的」と「手段」(行為)
を混同してしまう問題について,なんと昔から
トルストイは指摘していたんですよね。
「すべてものを考える場合,だいじなのは,考えることそのものではなくて,
考える順序だということ,つまり,はじめになにを考え,あとになにを考えるか,
それを知らなければ,いくら考えてみたところで始まりはしない」
「すべて考える目的がこの順序を定める」
「目的を忘れた考えは,たとえ,どんなに論理にかなっていようとも,
どこか分別に欠けたところがあるものだ。」
まるで最近売られているビジネス本と,同じようなことを
約125年前に指摘していたんですね。こりゃすごい。
つまり,先に「手段」(行為)を決めるのではなく,
「目的」を決めれば,自ずとその目的を果たすための
「手段」は定まる。彼はこう言った訳ですね。
例えば英語を学ぶことは,「目的」ではなく「手段」である訳です。
海外で英語を駆使して仕事をする(=目的)ために,
英語を学ぶ(=手段)んですよね。
この「目的」と「手段」を混同してしまうと,
何のためにやっているのか分からなくなってしまいます。
効率も悪くなり,効果があまり出なくなってしまう。
この「目的」と「手段」について”茶”という観点で西洋と日本の違い
を指摘した,猪子寿之(チームラボ)さんの動画があるのでぜひご覧に
なってください。凄く面白い方ですのでw
猪子寿之 デザイン特講 I DESIGN CHANNEL
(5:00~どうぞ。)
日本人は,「目的」と「手段」を混同するのが得意な
民族なのかも知れませんね。
「目的」を忘れて「手段」に”美”や”精神性”を見出す。
しかし,そんな合理的に生きなくても人生って
楽しくなるんじゃんって思ったりもする訳ですよ。
僕自身も,気をつけてこの部分を意識したいなって
風邪気味ながらボンヤリ思ったんですよw
こーへい。
*ブログを毎日ゆるーく更新出来ればいいな♪
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