2012年3月11日日曜日

被災地ボランティアで感じたことを綴る @石巻市牡鹿半島



昨日の3月10日に,東日本大震災の被災地である宮城県
石巻市牡鹿半島大原浜という地域に,
助け合いジャパン
のサイトに掲載されていた企画の「
1日被災地ボランティア」
として参加
してきました。

今回の企画に参加した動機や被災地ボランティアとして感じた

こと(現地の状況)などを,ブログにまとめて書きたいと思います。

①参加した動機



昨年,東日本大震災が起きた3月11日に私は日本ではなくベト
ナムにいました。当日,成田空港からベトナム・ダナンに到着
現地のホテルに到着すると,「日本で地震が起きた」という
情報が伝わりました。

確認のためにホテルのテレビを見ると,CNNが地震に伴う
津波による被害を伝える映像が流れてきました。その時に,
企画の日本人参加者たちは,無言でテレビの前に固まって
しまったことを今でも覚えています。

私たちは,ここ(ベトナム)に居ていいのだろうか・・・

ただ,あの時の「地震」(あるいは津波)を体験していないこと
でどこか「実感が湧かないことによるモヤモヤ」がありました。
もちろん,そのような悲惨な経験をせずに済んだことは幸運な

ことだとは思います。しかし,どこか「他人事」として捉えてしま
う自分がいたことを恥ずかしく思うようになっていました。

その後,被災地に赴きボランティアなどをしようと考えていま
したが,なかなか踏み切れずにいました。しかし,3月11日を
前に「自分の目で被災地を見る」必要があると改めて感じて
実際に行くことにしました。

もちろん,1日だけで全てのモヤモヤが晴れる訳ではありませ
んが,少しで現地を感じ少しでもお役にたてることができたか
と思います。


②ボランティアとして感じたこと


昨日,宮城県石巻市牡鹿半島の大原浜に伺いました。現地
様子は,「更地」が多いという印象でした。それ
も,まるで
ら「何もなかった」かのようにキレイな状態がそこにありました。



津波の被害により,海近くに建てられていた家々が全て流さ
てしまい,残ったのは大量の瓦礫とヘドロだらけの土でした。

この津波の被害により,そこに住む人の3分の1が外部に流出
してしまったというお話を聞きました。やむを得ず出てしまった
人たちが,またそこに戻って住みたいと思えるように清掃作業
を行い町をキレイにしてほしい
,と現地スタッフの方に言われ
たことを覚えています。




雪が降り,足元のヘドロに苦戦しながら約5時間清掃作業を

総勢60人のボランティアと共に活動をしました。ここで感じた
ことの1つに,「わざわざ自費でボランティアに参加する大人
の多さ
」があります。また,家族連れで参加する方もいました。

しかも,その多くの方が「リピーター」(ボランティア経験がある)
という方が多くいらっしゃいました。私は,この状況を実際に見
て「まだまだ,日本も捨てたもんじゃない」と感じる瞬間でした。


③最後に

1つのことにエネルギーを注ぎ,問題を解決するために人が
現場に集まることができるだけでも,まだ日本(人)にも希望
があるのではないでしょうか。


また,私と同じ「大学生」の皆さんに伝えることができることが
あるとすれば,「あなたでも十分に力になれる」ということです。

別に,説教でも青臭い話でもありません。力仕事含めて,明ら
かに大学生含めた若者が活躍できる場所が,そこにはあると
感じました。ややもすると,雇用などの問題から社会から必要
とされていないと感じやすい現状が,今の日本社会にはありま
すが,少なくとも被災地はそういった若者の力を必要としている
のではないでしょうか。

偉そうなことを言ってしまいましたが,私ももう1度ボランティア
として被災地を訪れたいと思っています。「継続的な援助」がこ
からも必要になるからです。